【推しの子】第150話「ナイフ」の感想を語る!

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【推しの子】

【推しの子】第150話感想!

記念すべき150話目ですが・・・とりあえず感想考察をしていきます。

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ツッコミ所のオンパレード

表題の通り、今回の話はツッコミ所だらけで過去一番酷い回でした。おそらく有馬かなの熱烈なファン以外は大いに落胆しているのではないでしょうか。

かくいう自分もその一人。(全て網羅できるか分かりませんが)今回のそのツッコミ所を章立てで一つずつ書いていきます。

ゴローの位置づけ。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

まずアクアの内面が描かれ、その内面世界に「今世のアクア」と「前世のゴロー」が登場しました。そして【推しの子】の話の根幹であったであろう復讐劇について、アクアの中ではどうなっているのか言及されました。

私はアクアの内なるゴローについて、「アクアの罪悪感を体現したもの」と思っていました。これは原作95話でも、明確にではありませんが示されていたと思います。

しかし今回登場したゴローは「アクアの中の復讐心を体現したもの」として描写されました。それって「幼年期アクア」が担っていた感情ではないの?と正直思いましたね。

ゴローとアクアは別人格?

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

さらに内なるゴローは今のアクアとは別人格であり、魂もアクアとゴローは別物であるかのように描かれました。これはアニメ8話の「僕と星野アクアの境目がなくなっていく」という発言と矛盾します。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

原作65話の一番盛り上がる「お前?違うだろ。お前は僕だ」「無力で何も出来なかった後悔に焼かれる僕自身だ」とも矛盾します。これからアニメ化される一番感動的なシーンも否定されてしまいました。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

最後に原作75話の「魂の無い子」というツクヨミの発言とも矛盾すると思います。ここのツクヨミの発言は「魂の無いアクアとルビーの肉体にゴローとさりなの魂が宿った」「アクアとルビーには魂が1つずつしかない」と個人的に解釈していました。

これまでアクアの人格がアクアとゴローに分かれたという明確な説明は一度もされていません。今まで描写して来たのを無視して、後述する酷い展開が続きます。

アクアの復讐心が薄れた理由。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

さらに復讐心が無くなった理由が「さりながルビーとして転生し、今も生きているから」として描かれました。これも個人的には違和感があると思います。

アクアの復讐心の出発点は、アクアが3歳9か月頃「アイがアイの熱狂的ファンに刺殺された所」です。それが「さりなが転生していたことが分かったから解消された」ではロジックとして繋がりません

この発言に星野アイを推していた人にとってはショックを受けたのではないでしょうか。転生バレで終わるような復讐心ということは、アイに対する想いなんてその程度ということですし、アイが亡くなってから今までの一連の出来事は全て茶番ですよね。

アクアの復讐心は映画を完成させるだけでなく(カミキを殺すことはないにせよ)カミキと決着をつけることで終結するものと思っていました。原作109話でカミキが現在進行形で人を殺していることが判明したので、カミキを牢にぶち込めば解決すると思っていました。

しかし実際はそうではないようです。

雑に処理されたルビー・さりな。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

そして、ここの描写ではアイだけでなくルビー・さりなのことも蔑ろにしています。「ルビーが好きなのはゴローであり、アクアを通してゴローの幻影を見ているだけ」と。

確かにその通りですし、兄妹同士で結ばれるというような禁断の恋を描くのはメタ的によろしくないのでヒロインレースをルビーENDにしないのは正しいと思います。しかしアクルビの場合、「転生」という超常的現象が絡んでいるため、一般的な解釈で簡単に結論付けることはできないのではないでしょうか。

もしゴローとさりなの恋愛が、アクアとルビーという近親婚の関係故に結ばれることが無いとしても、ゴローとさりなの関係がこんなに雑に処理されるのはあまりにも残酷だと思います。

少なくとも私は、アクあか推しとはいえ、ゴロさりのエピソードが描かれた「一番星のスピカ」の内容を高く評価していました。ゴローとさりなの関係は恋愛関係などという低俗なレベルではない、崇高で尊い関係であると今も強く思っています。

だからこそ、しっかりとそこを含めて、こんな形でのお気持ち表明ではなく、ルビーと話し合う中で丁寧に扱うべきだったのではないでしょうか。でなければ読者はもちろん、当のルビーも納得しないでしょうし、アクルビを雑に処理された印象は拭えないと思います。

アクアがかなを好きな理由。

ルビーの話の次は有馬かなの話に移ります。アクアが有馬かなのことが好きでも別に構いませんが、その好きな理由というのがまた違和感だらけの内容でした。

まず「傲慢なくせに努力家」という点。努力をするのは結構ですが、現実社会では意味のある努力でなければ報われることはありません

私がよく参考にしている両学長というYouTuberの動画を以下にリンクとして貼っておきます。この動画によると、「報われる人は方向性が正義」と考え、「報われない人は努力こそが正義」と考えるようです。

上に挙げた動画では「努力を過大評価している人は早く休まず歩けば目的地に辿り着けると思っている」「努力することが正義と思っている人ほど楽に悠々自適な生活している人を見ると世の中が間違っていると考える」と語られています。

この動画を踏まえるとと自身のキャリアを育てる上で、方向性というのはとても重要であるということが分かります。努力さえしていれば、必要なキャリアが育つとは限らないということですね。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

前話の感想でも書いた通り、有馬かなは宮崎旅行以降、失恋によってパフォーマンスが落ちていました。あかねやルビーとは異なり、目立った実績もありません

芸能人としてのキャリアが順調に育たなかったからこそのスキャンダル編ですし、これまでの描写を踏まえれば、およそまともな努力が出来ていたとは考えにくいです。

今回の話では、努力の描写として走り込みをする姿が描かれました。しかし、原作の過去の描写を見る限り、有馬かなに必要な努力は走り込みをすることよりも「コミュ力に対する反省の無さを改善すること」でしょう。

努力の方向性を間違えているばかりか、努力をしている姿を見せるだけでアクアに好かれるなんてのは、今までのあかねとルビーの努力とその結果とを比較して、およそ納得できるものではありませんでした。

またそもそも努力するほど芸能界に対して情熱を持っていたかというと、それも疑問が残ります。原作99話では先輩のアザミマコに誘われ、会員制のお店で周りの空気を読んで飲酒をしようとしていました

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

島監督が取り上げたことで未遂に終わったとはいえ、個人的には映画監督の島監督の仕事場に行くより、この法律違反行為の方が圧倒的に問題だったと思います。プロとしてのプライドや情念があるならば、たとえ絶不調でも踏みとどまるべきでしょう。

あの場面では、アザミマコは島監督だけでなく有馬かなも標的にしてスキャンダルに嵌めようと画策していました。それは原作99話の描写や原作102話のルビーのモノローグで間接的に分かります。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

飲酒している所を隠しカメラに撮られていてもおかしくないと思うのですが、こんな脇の甘いことをして芸能人として熱意のある行動をしていると言えるでしょうか。この描写を見れば、有馬かなの努力の描写に説得力はありません

もはやスキャンダル編は無かったことにされていると言って良いでしょう。もしアニメ化の際に、あかねが破局時に持っていたものがナイフのままで、かつスキャンダル編が全カットされたら、これほど開発スタッフに贔屓されたキャラもいないと思いますね。

さらにアクアはかなのことを「口が悪いくせに繊細」と評しています。これはつまり「自分は他人に言いたい放題するのに、自分がされたら直ぐメソメソする」ということですよね。

実際その通りですが、こんな人を誰が好きになりますか?普通そういう人間からはどんどん人が離れていくものです。

有馬かなは、他の人より演技力や歌唱力が高いものの、基本的には【推しの子】のキャラクターの中では「等身大の女の子」と描かれています。それが今の読者の支持に繋がっているでしょう。

しかし、だからこそ有馬かなの性格の悪い部分は共感性羞恥という形でアレルギー反応が出る人がいるでしょうし、もちろん共感性羞恥云々が無くとも単純にかなの口の悪さが嫌いと言う人はいるでしょう。

前話の感想でも書きましたが、現実社会は今我々が見せられている有馬かなを取り巻く環境ほど温くはありません。せめてこのブログの読者はそれを肝に銘じて頂き、正しい努力が出来るよう逐一方向確認をして頂きたい所です。

これまでの有馬かなの心情と行動の矛盾。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

かなとアクアの邂逅は、メインで描写されるアクア15歳~18歳よりもかなり前、アクアが1歳半程度の頃の話です。映画の撮影が終わって以降、彼らはそこから14年半もの間両者の接点はなく、アクアが高校入学時に再会となります。

何度も言いますが、これほどアクアのことが気になっているのであれば、なぜ映画撮影後、気になっているアクアの所に直接接触しに行かなかったのでしょうか

高校で再会するのも偶然ですし、確率的にあの映画以降もしかしたら一生想い人に会えなかったかもしれないのに、積極的に会いに行かず10年以上もの間一人だけを意識し続けるというのはとても現実的な話とは思えないです。

これぞ物語の都合というか、神(作者)に導かれているということなんでしょうね。

次回は反省が足りないもの同士のデート回?

最後はあかねからのプッシュを受けて、かな自らの手でアクアを誘う所で物語が終了しました。この後の展開は、次回に持ち越しになります。

ここでもツッコミ所がありますね。アイドルが呑気に「土曜ヒマ?」とか言って男をデートに誘っています

もうすぐアイドルを辞めるから公の場で男と付き合っていても何も問題ないということでしょうか。何とも都合が良いですね。かなにプロ意識など欠片もありません

まあ、まだデートすると決まった訳ではないので、来週アクアに良識があるかが気になる所です。あまり期待できませんが、もし無事デートが完遂されたら原作76話の「一度の炎上が致命傷」云々の話も茶番になるでしょうね。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

話の都合でナーフされる黒川あかね。

さて、ひとしきりツッコミをしましたので、最後に黒川あかねに対する個人的な評価を語らせてください。私の推しなのでね。

個人的に新章に入る前まで、あかねには一つの期待がありました。それは「カミキがこれから起こそうとしていることも含めて全て未然に防いで復讐劇を決着させる」という期待です。アクアの横に並び立ち、一緒にこの復讐劇を解決してくれると思っていました。

しかし正直な所、今回の展開を踏まえると、メインキャラの誰か一人がカミキの凶刃に襲われる展開が今後待っている気がします。個人的にはそんな展開が来たらアクアがハッピーエンドを迎えられるとはとても思えません

なぜなら今襲われれば、アクアの罪悪感が再燃することになるからです。過去の感想でも書きましたが、ルビーやかなでは襲われても作劇的に面白くないですし、仮に他のキャラが襲われたとしてもショッキングな展開になります。

(というより、ここでルビーやかなが襲われて重症または死亡となったら、鬱100%の展開にしかならない)

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

もしアクアが無能化しておらず、2.5次元編より前の復讐に燃えていた頃であれば、これを未然に防ぐことが出来たでしょう。そう考えると、今の段階で誰かが襲われれば、それはアクアがヘタレで無能だからだろという感想しか出てきません。

もちろんアクアは、PTSDによって復讐劇に対する推進力がなくなっています。だからこその黒川あかねなのですが、事情を一番知っているであろうあかねでさえ、今の状態ではカミキの凶刃を防ぐのは難しいのではないでしょうか。

はっきり言って今の黒川あかねは、全盛期の今ガチの頃から比べると、かなりスペックがナーフされているように感じます。黒川あかねの魅力を半減させることで、他のヒロインとのパワーバランス調整が為されてしまったなと。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

今ガチの頃の黒川あかねは、他のキャラを寄せ付けないほど圧倒的でした。自殺未遂からの逆転劇のためのキャラ設定だろうとはいえ、星野アイをプロファイリングして憑依させたあかねに衝撃を受けた思い出は今も忘れません。

アニメでは、第7話のラストが第1話と同じくらい評価されていたと思います。「黒川あかね」「石見舞菜香」などがツイッター(現:X)にトレンド入りし、あかね役の石見さんはこの演技が評価され、声優アワードで助演声優賞を受賞しました。

ちなみにルビー役を演じる伊駒ゆりえさんも同じ声優アワードで新人声優賞を受賞しています。これが【推しの子】に対する世間の評価ではないでしょうか。

原作外のリアルの方の展開とはいえ、石見さんのおかげで黒川あかねの凄さが補強されました。そして原作60話のかなとあかねのやり取りでは、あかねの人間観察力の高さも示され、もはやあかねが能力が高いのは明白かと思います。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

とはいえ、アクアはあかねを異性としては見ていませんでした。それはアニメ8話で明らかになっていたことです。

しかし、それでもあかねは命を救ってくれた恩義として、アクアに対して献身的に接してきました。2.5次元編にてPTSDで倒れ、アクアの秘密を察した時は、全力で寄り添い、支えることを決意しています。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

さらに2.5次元編後、あかねはアクアに積極的に自分の好意をアピールしています。これには、2.5次元編であかねが演じたのが「原作では負けヒロインだった鞘姫」だったことも影響しているでしょう。

これらのことから黒川あかねとしては、自分を異性として見られていない状態から異性として見られるように、アクアに好意を持ってもらうようにすることが当時の目標になっていたと思います。

原作78話では、自分と付き合うことがアクアの罪悪感に繋がると感じ、辛い気持ちを押し殺して自ら別れようとしていました。これをアクアは「今度は俺があかねを守りたい」と言ってあかねに口づけを交わし、踏み留めます。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

ここまでの展開は、最初かなに向いていたアクアの好意があかねに向き、正式なカップルへと昇華したものとばかり思っていました。しかし実際はそうではなく最初から一貫して有馬かなの方が好きだったと。

じゃあ、素直に別れろよ。あかねにキスなんかするな。

自身の復讐に引き続き利用したいからというのも話の筋としてギリギリ通らなくもないですが、だとすればアクアのこの行為は、はっきり言ってクズそのものと思えてなりません。これまでのやり取りを無下にして中堅編へと話が続きます。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

個人的に問題に感じるのは原作87話ですね。もし今回の話が物語当初から一貫しているのであれば、あかねのモノローグは「アクアくんがかなちゃんに惹かれてた事」ではなく、正しくは「アクアくんがかなちゃんに今も惹かれてる」ですよね。

プロファイリング能力が高く、人間観察力も高いあかねがそんな間違いをするか?

少しずつ嘘を真実に」というあかねの想いがあっても端から脈なし。「他の女と浮気したら絶対コロす」と出ていますが、最初から好意があかねに向いていなかったということになります。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

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原作97話では、アクアは精神が追い詰められている時にあかねに電話を掛けていました。これもかなに話しかけられないから、都合の良くあかねに相談をしていただけということになります。

ここでのアクアの言葉「俺はお前と出会ってからずっと救われていた」「こんな俺のことを肯定してくれて、寄り添ってくれて、駄目なことは駄目と言ってくれて、少しずつ救われていた」「お前が傍に居てくれる日々を手放したくないって思った」は全て薄っぺらい物になりました。

一貫してかなのことが好きならこんな言葉は出ないですし、そもそも電話しないでしょう。原作98話の「幸せな日々はもう終わり」なんて言葉も、黒川あかねとの決別ではなく有馬かなとの決別ということになります。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

アクアとあかねが破局した時の(というより最初から脈はないけど)あの「ナイフ」も悪い意味で肯定されてしまいました。「駄目なことは駄目」と言い「何もかも解決したらまたパフェを食べに行こう」なんて考えるあかねが「カミキを殺そう」とするロジックの繋がらない女になってしまいました。

ここも今まで能力が高く、良識ある描写しかなかったあかねがそんなことをするのか?という疑問が湧きますが、これも全てそのまま意味になってしまいました。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

そして、これでアクかなルートなら、あかねがナイフを持っていたことはそのままの描写でアニメ化され、かなのスキャンダルはカットされる可能性が高くなりました。まあ元よりスキャンダル編はカットした方が良いと思いますが・・・

でも、こんな展開納得できる?

アイ役を決める個人間オーディションの後、あかねはアクアに「アクアくんの企みは私が止める」と言っていました。てっきり下がりきっていた自己肯定感が回復して、その回復するきっかけも後々過去回想という形で補完されるかと思いきや、この時も結局自己肯定感が低いまま・・・

そりゃ映画撮影の本読みの段階で不自然にかなとあかねがライバル関係で張り合う訳ですよ。自己肯定感が下がって精神的に歪んでしまった黒川あかね性格に難があって実績がまともについていない有馬かなですから。

出典:推しの子/赤坂アカ/横槍メンゴ/集英社

今ガチの頃のあかねならカミキが今も殺人を犯すヤバイ奴であることは見抜くでしょうから、かなのことは放っておいてアクアを助ける事に集中し、これから降りかかるカミキの凶刃すら未然に防ぐことが出来ると思うんですよね。しかし実際はそこまでカミキのことを調べ切れていないと。

新章に突入した現在は、自己肯定感が回復してない故に、アクアの幸せを願ってはいても、自分が報われることは諦めるような状態になりました。今の黒川あかねを見ていると悲しくなってきます

個人的には、あかねにもっと活躍の場を与えることが出来たよなと思います。それが話の都合で見せ場を削られ、魅力も削られて作者とアクアに都合の良い女になってしまった印象です。

あかねが【推しの子】における諸問題を吹き飛ばす、少年漫画の主人公のような頼もしさを持っていなかったことが判明して、もうこれまでの期待はただの幻想ということになりました。真剣に考察することの馬鹿らしさを今回の話で感じてしまいましたから、もう私の中で【推しの子】への熱が冷めてしまいました

まとめ

ということで、以上第150話の感想でした。今回の話の感想を負け惜しみの感想と言われても、もう別に構いません。

ただ、アクかなを成立させるためにこれほど全方位に敵を作るような描写をしたというのは失望を通り越して、驚きと呆れに近い感情を抱きました。いくら何千万部と売れていようと、こんな無理矢理な展開では名作と認める訳にはいきません

今回に限らず前々から感じていたことではあるのですが、【推しの子】には良い印象を以て作品を見れなくなっていました。アニメ1話視聴時には衝撃をもって受け止め、後に感想記事を書きたいと思って書いていましたが、今は毎週木曜日に感想を書くのが精神的に辛いことが多いです。

記事作成による時間の取られ方も半端ではないので、次回以降の感想記事作成を取りやめようと思います無理して義務感で記事を作る必要は無いと。

このブログのホーム画面に遷移して見てもらえると分かると思いますが、元々本ブログはアニメの感想を書くブログとして出発はしていません鉄道にフォーカスして現地調査の結果考察したことを書き連ねるブログです。

一身上の都合で鉄道趣味に注力するのが難しくなっていた頃に、それまで並行して好きだったアニメ・漫画の感想を書いて気を紛らわそうとしたのが、感想記事を書き始めたきっかけでした。記事を作成すればGoogleの検索結果のトップにリンクが貼られることが多くなり、広告収入もそれなりに取れたので続けていた次第です。

しかし感想記事を書いていくうちに【推しの子】の方はだんだん展開に納得がいかず、粗探しするのが主になってしまいました。「神無き世界のカミサマ活動(カミカツ)」は今でも楽しく作品を読んでいるので今後も作成していこうと思いますが、【推しの子】の方は一旦やめた方が良いかなと。

これまでありがとうございました。また感想記事を再会することになったら、その時はまたよろしくお願いいたします。

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