4年半の連載を経て遂に最終回を迎えた【推しの子】。最終回を迎えたことを喜ぶべき状況のはずですが、SNS上の反応では大炎上とも言うべき大荒れとなりました。
どうして【推しの子】は最終回を迎えたにも関わらず炎上してしまったのでしょうか。本記事では、この炎上の原因をストーリー面とキャラクター面の両方から考察していきます!
全体所感
まずはストーリー全体の評価について。【推しの子】は最初の部分は非常に面白く、多くの人が魅了されたと思います。
誰もがこの物語の結末がどうなるかワクワクしながら、おおよそ週1回更新される同作品を読んでいました。しかし、途中から不評意見が散見されるようになり、最終的には否定的な意見が多い結末を迎えることになりました。
【推しの子】のストーリーが転落する原因はどこにあったのか?それは以下の3つにあるかと思います。
第一章
第一章はこの物語のスタートであり、読者に対してはフックとなる章でした。
まず冒頭の原作1話にて、「推しの子」というタイトルが、主人公のゴローとさりなが推しているアイドル「アイ」に対しての意味と、その二人が推しのアイの子供「アクアとルビー」に転生するという意味のダブルミーニングであることが明かされ、読者に衝撃を与えました。
当初は推しのアイドルの子供に転生することで、子供となったアクアが親のアイをフォローする物語かと思われていました。それがドーム公演当日に推しのアイがリョースケに刺殺されたことで、この物語にサスペンス・復讐要素も追加されます。
アニメではここまでが1話でした。そしてアイが亡くなるまでのアイの成長物語の間に、映画の撮影にて五反田監督と有馬かなと出会い、これが後々のストーリーにも登場します。
【推しの子】の物語のジャンルが確定すると同時に、物語のフックとなる部分を構成するために「転生」というファンタジー・嘘が含まれていた章と言えます。色々と語りましたが、物語の掴みとしてはこの上ない最高の章と言って良いでしょう。
もし【推しの子】において、ゴロさりがアイの子供として転生しただけの物語であれば、今ほどこの作品が注目されていたことは無かったと思います。そこにサスペンスや復讐という要素が加わったことで、万人にヒットする作品になったと考えます。
アニメ1話を見た時、アイの死の衝撃の大きさからこの物語をサスペンス・復讐物として捉えた視聴者は多かったと思います。そして、そのサスペンスに芸能界や恋愛が絡むようになったと捉えられたのではないでしょうか。
なお、後の章では「転生」といったファンタジー要素について、ツクヨミによる神様のお導き以外は無く、この作品の売り文句通り「リアルな芸能界の内側を描く」に相応しい内容になっています。この点については物語完結まで徹底していて、転生はあくまで物語における唯一の大きな嘘でした。
第二章「芸能界」
続いて第二章について。第一章でアクアには「アイを殺害した犯人を追う」使命を、ルビーは「母アイが叶えるはずだったドーム公演の夢を叶える」使命を背負った後の話が描かれます。
また第二章では第一章から一気に時系列が飛んで、アクアとルビーが中学校を卒業する所まで成長しています。アイの死の直後から始めていたアクアの復讐劇が有馬かなとの再会をきっかけに大きく動き出し、アイ殺害事件の真相に大きく近づくことになりました。
この章での進展は3つあります。まず鏑木勝也の存在によってアクアの復讐劇と芸能界が間接的に絡むようになった点。
この章での活躍により、アクアは鏑木Pとのコネを獲得しています。これが第三章の「リアリティショー編」という次のステージに繋がっています。
もう一つの進展は、アクアと鏑木Pを繋げるきっかけとなった有馬かなとの再会。第一章でアクアにより大きな屈辱を受けたかなは、屈辱を与えたアクアと再会したことによって、アクアにしつこく付きまとうようになります。
そして、アクアがかなに褒められたことと、そんなかなが業界から不当な扱いを受けていたことを踏まえ、彼女をドラマ撮影の中で救ったことで有馬かなはアクアに恋をするようになります。これにより、【推しの子】の物語にラブコメの要素も追加されるようになりました。
ただ、この章で台頭した有馬かなの恋模様というのは、有馬かなが新生B小町というアイドルユニットに加入することを決めてしまったことで早くも暗雲がたちこめるようになりました。なぜなら恋に落ちたにも関わらず、恋愛が御法度であるアイドルになるという矛盾を抱えてしまったからです。
作者的にはこの矛盾を後々の展開で解決しようとしていたと思いますが、それによって生ずる様々な犠牲が【推しの子】を今の評価にしてしまったと個人的には考えます。
第三章「リアリティショー編」
第三章は、アクアが今日あまの撮影で獲得したコネを活かして次のステージに移行し、そこでさらに実績を積むというストーリーです。アクアは当初リアリティショーをテキトーにやり過ごすつもりでしたが、結果的に大活躍したことで、大きなリターンを鏑木Pから得ています。
またこの章で黒川あかねが初登場しています。黒川あかねは有馬かなと同じ女優ですが、新生B小町には加入しなかった点が有馬かなと異なる点です。
この章で重要なことは、なぜ黒川あかねというキャラクターが新規に登場したのかということです。同じ女優であれば、有馬かなが恋愛リアリティショーに参加しても良かったはずです。
この点について、個人的には恋愛が御法度であるアイドルになった女優・有馬かなを恋愛をメインとしたリアリティショーに参加させる訳にはいかなかったのだと考えます。有馬かなとは別の女優キャラとして黒川あかねの誕生したのだと思います。
この章では、鏑木Pとの約束を果たすだけでなく、あかねを救って、あかねにアイをインストールさせるという点からも復讐劇がアプローチされました。その顛末については、業界内幕物として恋愛リアリティショーの闇を描きつつ、あかねというキャラクターの逆転劇を描く素晴らしいものでした。
聞き及んだ話だと、原作公開時点でこの章の反響は大きかったようです。アニメでも特に7話のラストでアイを完璧にトレースした石見舞菜香さんの演技は凄まじく、反響は大きかったように思います。
逆に言えば、この反響によって黒川あかねのレギュラー化が決定されてしまい、有馬かなに恋のライバルが生まれてしまったと思います。
第四章「ファーストステージ編」
第4章のファーストステージ編は、復讐劇とは全く関係ない展開でした。MEMちょが加入して本格的にB小町が始動する話です。
この回では今ガチでメンタルショックを受けた有馬かなの精神を回復させる話でした。かなはアクアに誘われてアイドルを始めた経緯があるため、ルビーやMEMと比較すると、アイドル活動へのモチベーションに問題がありました。
有馬かなにはアイドルにも関わらず恋に落ちているという問題もありましたが、それはひとまず置いておいて、まず新生B小町のスタートダッシュの成功に注力する流れでした。そして、そのためにアクアがB小町をサポートしていました。
結果としては、アクアのサポートが奏功し、JIFでの初ライブを無事に成功させました。これにより有馬かなはアイドル活動にやる気を出すようになります。
ちなみにここでは、「推しの子宣言」を有馬かながやることについて、異論を上げる声があります。個人的にはこの判断については妥当だったと思います。
かなと異なり、ルビーやMEMにはアイドルへのやる気は十分でした。アイドルとしての技術・実力は後から追々身に着けていくこととして、喫緊の課題は精神面の問題だったという意味で有馬かなに「推しの子宣言」をさせるのは妥当だったと思います。
ファーストステージを成功した後、次の舞台は鏑木Pの伝手を利用した2.5次元舞台編に移ります。
第五章「2.5次元舞台編」
第五章の2.5次元舞台編はアクアの復讐劇にとってターニングポイント(になっていたはず)の章です。話が長いということで【推しの子】の人気がピークを迎えていた章ですが、個人的にはプライベート編でのアクあか成立への布石と考えれば、どれも必要な内容だったと思います。
まず原作者と脚本家のトラブルについては、あかねが演じる鞘姫が原作では負けヒロインに転落しています。あかねはこの時「男の人はつるぎみたいな表情豊かで生き生きした子が好き」と発言しており、あかねが自身と鞘姫、かなとつるぎを重ね、ヒロインレースに対する焦りを見せています。
こういった感情が後に歩道橋での「キスもHも嫌いじゃないよ」の発言に繋がっていると思います。ヒロインレースにおいて、かなに負けたくないという想いがあったと考えられます。
また言うまでも無く、アクアがPTSDを起こしあかねが五反田監督の自宅まで連れ添った話は、ヒロインレースにおいて大きな影響を与えています。ここであかねがアクアの身の上を察したことで、復讐物とラブコメが密接に絡むようになりました。
あかねの方が遅れていたアクアを巡るヒロインレースが一気にあかねがリードする形となり、プライベート編ではさらにアクあかを補強する根拠が生まれました。逆にかなが最後までアクアの深い所まで知ることが無かったことを踏まえると、この時点でアクかなENDは詰んでいたと思います。
舞台本番は業界内幕物としての側面が強かったですが、アクアのPTSDを交えることで上手く復讐劇と絡めることが出来ていたと思います。またメルトが成長したエピソードも良かったです。
あかねとかなの演技バトルも個人的には良かったと思います。二人の勝負に決着を付けなかったことに批判の声がありましたが、これも今の【推しの子】の惨状を踏まえれば、優劣を付けなくて正解だったと思います。
第六章「プライベート編」
第六章は、メインキャラクター同士の関係性が大きく変わる話でした。ここの話も個人的には無問題だったと考えます。
まず業界内幕物としてはB小町の新曲PV撮影という形で展開されました。撮影はほぼ順調に進み、ルビーの闇落ち覚醒によってMVは大きくバズり、B小町の躍進に繋がりました。
復讐劇については、アクアは異母兄弟に関して誤解したことによってストップしましたが、あかねが真相に気づき、ルビーがツクヨミに突き動かされる形で進展しました。
また、ここでカミキヒカルが初登場しています。先程キャラクター同士の関係性が大きく変わったと書きましたが、全体ストーリーにおいても大きな転換点になったと思います。
逆に言えば、この話以降はほぼ陰鬱とした展開しかないため、中々読者がカタルシスを得られない構成になっていました。【推しの子】全体の評価としてもここが限界だったと考えられます。
最後にラブコメについても大きなターニングポイントでした。主にアクアが勘違いによって復讐が終わったとしていたので、かなとあかねのどちらを選ぶかという段階に来ていました。
そんな中、かな・あかねそれぞれでデートが描かれました。ただ、アクアは有馬かなから黒川あかねに心変わりしており、加えてアニメでは両人のデートの時系列を逆転させ、有馬かなのデートを黒川あかねのデートの前座にするような描写がありました。
結果として、アクアはあかねを選んでいます。最終話までの描写を見る限り、プライベート編のラストのアクアとあかねのキスには嘘は無かったと言えるでしょう。
第七章「中堅編」
個人的に【推しの子】のストーリーが転落していったのは、この章からと考えます。ここで①の「有馬かなの扱いのミス」をしていたと考えます。
前半は良かったと思います。81~83話のかなを遠ざけている件も本当はかなのことが好きなのではなく、単純にPTSDになっているだけと考えられますし、ルビーをメインとする夏コミでの炎上事件も私は問題なかったと思います。
もし夏コミのストーリーに問題があるとすれば、今回の炎上を裏から意図的に作り上げたルビーに対して、話が幾らが進んでも結局しっぺ返しが無かったことでしょう。この点を踏まえると、次章のスキャンダル編のメインは、有馬かなより星野ルビーの方が良かったと思います。
個人的に一番問題があるのは、夏コミの炎上が終わった後の展開だと思います。B小町内において、ルビーと他のメンバーの人気に差がついたのは良いとして、そこからかなやMEMが再起することが無かったというのが一番の問題だったと思います。
加えて、スキャンダル編に繋がる出来事として、アクアが誤解に気づいた後に思わず有馬かなを突き飛ばしたことは、今日の【推しの子】の低評価に繋がるきっかけになったと思います。この出来事が無ければ、有馬かながスキャンダルに巻き込まれることは無かったと考えられるからです。
その後、あかねがカミキに辿り着く所やアクアとあかねが破局する展開については、個人的には問題なかったと思います。特に破局展開については描写の解釈が複数あるかと思いますが、どう解釈しても後の展開で挽回出来ていたので、大きな問題ではなかったと思います。
第八章「スキャンダル編」
個人的に一番の問題と感じるのはこの章です。この章で有馬かなの取り扱いを間違えていたと思います。
このスキャンダル編は、章単体でも賛否両論分かれる内容で、例えば一連の有馬かなの行動に対し、ミヤコが「週刊記者の実態」というズレた話題を延々と語り、かなの方は何も悪くないという雰囲気を出していました。本来は不倫の是非について挙げるべき状況です。
このような状況で、かなのスキャンダルを塗りつぶすためにアイの秘密を暴露するという展開になりますから、この原作105話が更新された際はかなり炎上していました。この時の「アイの秘密を暴露してまで、かなを守る必要があったのか」という疑問は、結局何も解決しないまま完結しました。
ここでもしかなのスキャンダルが隠されずにそのまま公にされていたら、たとえ世間が彼女に対して非難轟轟だったとしても、彼女の成長に繋がっていただろうと思います。もちろん、そもそも何故スキャンダル編をルビーではなく有馬かなメインで展開したのかという話ではありますけども。
さらに悪いことに、アイの秘密が暴露されて読者を驚かせた後もおかしな展開は続きます。原作107話ではアクアとかなの和解が1話かけて描かれましたが、そこでのアクアとかなの言動がそれぞれ読者に疑問を抱かせる内容でした。
かなは原作107話でアクルビの両親がアイであるという事実を知りましたが、かなは秘密を暴露して話題の渦中にあるアクルビを心配せず、自身が起こした事態に対する謝罪をアクアにせず、「自分も可哀想」と自分語りを数ページかけて展開します。
予てより有馬かなについては角が立つ言動が散見され、それに不満が溜まる読者が居ましたが、特に大きく目立つものではありませんでした。しかし、それがこのスキャンダル編で一気に顕在化し、ギャグでは済まなくなった印象です。
この辺はアニメのみ視聴勢と原作既読勢とで有馬かなに対する評価が大きく異なる点によく表れていると思います。最初は有馬かなを推していた人も、スキャンダル編以降の彼女の問題行動を見て脱落してしまった人は多いでしょう。
なおこのスキャンダルについては、後の展開でもかな自身に反省の色が見られず、さらに読者から反感を買っています。実際原作156話では、MEMのスキャンダル対策に対して「私から言うことは無い」と上から目線で発言しています。
最後に最も厄介な事として、かなはこれをきっかけにB小町を辞めることを宣言しています。もちろんこれ自体はかなの一連の心情の流れを考えれば妥当かと思いますが、これによってB小町の躍進にブレーキが掛かり、この章以降のアイドルパートをまともに描けなくなったと思います。
事実、この章以降のB小町の活躍は全てダイジェストで描かれていました。それを考えれば、有馬かながB小町を辞める原因となるスキャンダル編をかなメインでやらないで欲しかったです。
話を纏めると、まずこの章が原因で有馬かなの評価が地に堕ち、この章の前後に渡ってかなの一挙手一投足を肯定的に見れなくなりました。さらに後のストーリーにおいてもアイドルパートをまともに描けなくなってしまったことで、最終話でのダイジェストな展開になってしまったと思います。
なぜ作者は有馬かなメインでスキャンダル編をしてしまったのでしょうか。それは有馬かなのポテンシャルを読み切れず、他のキャラと比較して妥当なポジションを与えることが出来なかったからだと思います。
スキャンダル編は原作の更新時期がアニメ1期よりも前です。この話を展開していた当時、作者が今ほど新生B小町がアニメの外部コンテンツとして大きく盛り上がり、人気を集めるとは考えていなかったと思います。
この盛り上がりにより、新生B小町は「ルビー・かな・MEM」の3人で構成されて新生B小町足り得るようになり、それ以上でもそれ以下でも無くなりました。それが「有馬かなB小町脱退」によって新生B小町が欠けた結果、新生B小町の躍進に説得力を欠くようになってしまったと考えます。
また、このスキャンダル編で不用意に有馬かなをヒロインレースに引き戻そうとしたことも、後の展開に悪影響を与えたと思います。もちろんスキャンダル編が展開されていた当時においても、双方ともに気があるような描写をすることに批判がありました。
このように、スキャンダル編は【推しの子】のストーリーの柱であった「業界内幕物・復讐物・ラブコメ」全てにおいて、悪影響を及ぼした章と言い切って良いと思います。「有馬かなの取り扱いを間違えた」ことが作者の予想以上に作品全体に悪影響を与えたと言えるでしょう。
第九章「映画編」
第八章「スキャンダル編」の低評価を挽回するべく、新たに展開された第九章「映画編」。109話から147話までの非常に長い章となりましたが、最終章を踏まえると、結果的に映画を撮影した意義がよく分からない章となりました。
まず芸能内幕物として映画に関するアレコレをストーリーに組み込んだことは良かったと思います。赤坂先生が沢山取材をした成果であることは感じられました。
姫川愛梨が小児性愛者であることによる芸能界の闇の描き方についても、芸能界の闇を描くという意味では良かったと思います。しかし、このエピソードが描かれたことでカミキのキャラクターがブレることになり、同情の余地が生まれてしまったと思います。
ルビーの躍進という点についても、この映画編は少し疑問符が付く内容となりました。紆余曲折を経て映画のアイ役はルビーになりましたが、ルビーの躍進において重要な「ルビーのアイへの理解が徹底して行われたか」と言われれば怪しい所です。
原作では、アイとニノの喧嘩した所しか詳細に描かれず、そこからアイが亡くなるまでのアイの心境の変化は詳しく描かれませんでした。そもそもルビーとかなの喧嘩によって生まれたルビーの演技についても、小説「一番星のスピカ」の描写と整合性があるか怪しい内容でした。
結果としてルビーがアイを超える存在へと成長出来たかについて、説得力に欠ける内容でした。そして、最終回の描写を見る限り、ルビーはアイ2号へ精神が歪んでいます。
ただ、この映画編では兼ねてからの飛躍により多忙となっていたルビーが精神的に追い込まれ、それを救うべくアクアが前世を明かすエピソードが映画撮影前にありました。この出来事は小説「一番星のスピカ」でゴロさりエピソードが深掘りされていたこともあり、非常に感動的な場面になっていました。
私は、ゴロさり及びアクルビが特別な関係として強固なものになり、とても良かったと思っています。時空を超えた二人の関係は非常に尊いものでしたから、このエピソードを読んだ誰もが兄妹の幸せを願ったでしょう。
多少インモラルな展開はありましたけどね。ただそれは、転生という常識外のことが起こったが故の展開であり、最終的には兄妹愛という形で決着していました。
あかねとかなのヒロインレースについては、描写が為されるたびに一喜一憂する状況でした。解釈の仕方も複数あるような曖昧な物であり、最終話を見るまでは断定しかねる状況だったと思います。
第十章「終劇によせて」
映画撮影後は、海に行くエピソードの中で、ヒロインレースに決着を付けようとする展開が為されました。当時のヤンジャンやジャンプラのコメント欄を見ると、一番内容面でSNSが荒れる150話が更新される前の148話辺りから不評だった印象です。
主に不評だったのは、相も変わらず「有馬かなの泣き落としからの周りがヨシヨシする流れ」がまた展開されることへの嫌悪感でした。これは、スキャンダル編の一件で有馬かなの好感度が下がっていたからこそ、なおのことこの反応になったと言えると思います。
それに加えて、アクあかと比較して大してエピソードを重ねていないのに、今までの積み重ねを無視して無理矢理アクかなで決着を付けようとする展開が150話でなされたことで、主にSNS界隈では否定的な意見が大勢となりました。
この章が展開されるまで比較的穏やかだったSNS内の論調も、ここから一気に否定的な見方が始まった印象です。詳しいことは当時の感想記事で書いていますが、例えばアクアはアイの死によるPTSDがあるのに、人気がそれなりに高まったかなとキャッチボールをした点が挙げられます。
しかも最終章の内容を見る限り、アクアとしてはかなのことを特に好いていなかったと考えられます。結局の所、アクかな推しがあらぬ幻想を抱いて落とされる前フリでした。
そもそもの話として、この話の前にアクアはあかねと口づけを交わしていました。この場面の解釈はどうあれ、アクアがかなのことを「ずっと好きだった」というのは、あかねに対して不義理でしかありませんから、最終的にしっかりとアクかなが否定されて良かったと思います。
まだ単行本に追加エピソードが挿入されるそうですが、作者にまともな良識があればアクかなで決着することはもう無いでしょう。
最終章「星に夢に」
最終章は前章で読者が【推しの子】に対して否定的な見方をするようになって突入しました。そしてその見方を肯定するように拡げた風呂敷を畳めないツッコミ所満載の展開となっていました。
まず最初のアイのDVDのネタばらしは、アクアの方のDVDしか公開されず、しかも時系列の矛盾が生じていました。何度も言うように姫川夫妻の心中事件はアクルビ出産後であり、アイ妊娠前ではありません。
アイとカミキが結ばれ、その後別れる経緯はサスペンスにおいて重要な部分でした。しかし、そこが矛盾していたことで、【推しの子】の物語の根幹が崩壊していたことが発覚し、なぜ映画を撮影したのか、何故カミキを殺害するのかロジックが繋がらなくなりました。
加えて、アイはカミキに対して鬼畜かつノンデリな発言で傷つけながら別れています。アイは「嘘は愛」などと言っていますが、結果としてはカミキを狂わせ、カミキのアイ殺害の動機として十分な所業を行い、アクルビに面倒事を押し付けることになるという戦犯ぶりでした。
もちろん153話・154話の内容がカミキの嘘という可能性もあります。しかし、そうなるとアイが何故カミキを好きになり、そして結ばれ、最後は破局してしまったのかが分かりません。
このような内容が展開されて、アクアはDVDを見せて「アイを理解しなかったカミキへのアクルビからの復讐だ」などと涙を流しながら発言しています。この様子を見ると、アクア自身真にアイを理解しているとは言いづらく、アイを盲信しているように見えるようになっていました。
この致命的な矛盾は、作者及び編集も問題視したのか、その後156話・157話で時間稼ぎをするような展開が為されます。この時点で軌道修正を強いられていたと考えられます。
その結果、2枚遺したDVDの内容が回収できなくなったと考えられます。未回収の伏線のいくつかはこの時系列の矛盾によるサスペンスの破綻が原因で回収できなくなったのではないでしょうか。
一度破綻した物語は、その後挽回することはありませんでした。さらに作者が想定していた結末と読者が期待していた結末と不一致を起こしたことで、現在の大炎上に繋がったと思います。
この解釈不一致については、様々な見解があろうかと思いますが、個人的にはやはりアクアがカミキを殺害した点は倫理的に駄目な展開だと思います。どんな動機・理由があれどカミキを殺害すべきではなく、誰かと協力しても良いから何とかしてカミキを逮捕する流れにして欲しかったです。
ただヒロインレースについては、アクアがルビーやあかねを優先するような展開となっていました。そこは(アクかな派には申し訳ありませんが)合理的な判断が為されていて良かったと思います。
やはり命のやり取りがあるルビーやあかねと、命のやり取りがないかなとでは最終評価に差がついて当たり前でしょう。個人的にアクかなをどうしても推せない理由は、アクルビやアクあかと比べて軽薄な関係のままだったからだと今となっては振り返ります。
キャラ別
ここからはキャラ別の評価をしていきます。メインキャラクターはもちろん一部サブキャラクターも評価していきます。
星野愛久愛海・雨宮吾郎
この物語の主人公として一番出番が多かったアクア。その分彼の描写が多く、彼の人となりが読者に分かるようになっていました。
アクアは宮崎県高千穂町の病院に勤務する医者・雨宮吾郎(ゴロー)の転生体でした。転生する前のゴローは生まれた時から母親がおらず、生まれてきたことに負い目を感じていました。
そんなゴローは、元々の夢だった外科医になる道を祖母の言葉によって産婦人科医に変えてしまうような人でした。そして研修医時代に運命の人である天童寺さりなと出会います。
さりなは4歳の段階で難病を患いながらも、アイを推すことで元気に明るく生きる少女でした。そんなさりなに惹かれ、ゴローはさりなと共にB小町を推すようになります。
しかし、さりなは約半年ほどゴローと一緒に付き合った後で先に亡くなってしまいます。個人的な見解になりますが、この時ゴローはさりなを救えなかったことに罪悪感を感じ、後に罪悪感の象徴としてアクアの精神世界に現れたと考えます。
ゴローはこれを機に女遊びをすることを止めたと考えられます。さりなの死を受け止め、下手に他の女の人を誑かすようなことをせず、至って普通に産婦人科医をしていたと思います。
そんな中、アイがアイドルにも関わらず妊娠中の状態でゴローの下にやってきました。ゴローは目の前の異常事態に驚きつつもアイの意志を尊重し、産婦人科医として出産を手伝いました。
このような誰かの力になろうとする姿勢はさりなと出会ったから頃からそうでしたし、転生してアクアとなった後も変わりませんでした。有馬かな・黒川あかね・GOAアビ・鳴嶋メルトを救ったのも、そういう精神故かと思います。
しかし、一方で自分自身を愛するということは出来ていなかったと思います。もし自分を愛することが出来ていたら、カミキとの決着の仕方も変わっていたでしょう。
この自己愛に関しては、アクアが凶行に走る前にメインヒロインの3人からの言及があったにもかかわらずという状態です。特にあかねに関しては、アクアがしようとしていることに対してダイレクトに指摘していました。
アクアの精神面に関する側面としてもう一つ重要なのが、アイを殺害した黒幕に対する復讐心です。こちらは作中では幼少期アクアが象徴として担っていました。
この復讐心については、【推しの子】のサスペンス部分を推進する原動力となっていました。しかし、途中でアクアにはアイの死に関連したPTSDがあることが発覚し、復讐に対して積極的ではないことが明らかになりました。
したがって、アイが亡くなった直後の「絶対に殺してやる」という精神からは変化していることが分かります。この段階で、アクアの復讐は黒幕であるカミキを殺害して終わりなどという倫理的な正当性が無い終わり方はしないだろうと個人的には思っていました。
しかし、実際には最後にカミキを殺害し、自分も死んでしまうという最悪の結末となりました。こんな展開をやられてしまうと「今までの積み重ねは何だったのか」という話になります。
正直に言えば、作者がやりたい展開のために今までの積み重ねを無視して、アクアのキャラクターを都合よく改変させたのだと推察されます。これが星野愛久愛海の結末なんて、およそ納得できるものではありません。
なぜアクアはカミキを殺害することに対して、葛藤が無かったのか?なぜ一人で何とかしようとせず、他の人の助けを借りようとしなかったのか?
なぜあかね等他の人がアクアの様子を見て全力で止めようとしなかったのか?あるいはなぜ他の人の制止を振り切って凶行に走ってしまったのか?
全てが結末ありきで都合よく展開されていると思います。ご都合展開をするなら誰かの手を借りてでもカミキを逮捕し、降りかかる火の粉を振り払うという展開の方が余程納得できるでしょう。
結局の所、最後までサスペンスを描き切ることから逃げたようにしか見えません。一生懸命連載を追って来たのにとても残念です。
星野瑠美衣・天童寺さりな
残念なのは、アクアと対を為すもう一人の主人公であるルビーに対しても同様です。ルビーを主軸とするアイドル街道の躍進という部分についても、最後まで描き切らずダイジェストで逃げられた印象です。
ルビーに転生する前の天童寺さりな時代において、さりなは4歳の段階で「退形成性星細胞腫」という難病を患い、彼女の運命を否応なしに決められてしまいました。絶望の中で彼女が明るく生きられたのは、先述の通りアイへの「推し活」です。
アイに憧れアイを推していた彼女にとって、アイドルは自身がなりたい姿でしたが、病気により叶うこともなく亡くなりました。そんな可哀想な姿を見た神様は、さりなをアイの娘・ルビーに転生させてあげました。
憧れの存在の娘に転生できたことは、ルビーとってはこの上ない幸せだったでしょう。しかし同時に大切な存在であるアイの死は彼女に大きな影響を与え、彼女のアイドル街道にも大きな影響を与えていると思います。
母・アイの死を踏まえてなおアイドルを目指すルビーは、多少歌唱力に難があれど、アイドルに向かう姿勢も、アイドルへの適正も十分すぎるほどありました。アニメを見る限りJIFまでに歌唱力に改善が見られたことから、有馬かなと比較してメインに据える必要性は薄かったように思います。
やはりルビーのストーリーが大きく動き出すのは中堅編ですね。ゴローの死を知り、二人を死に追いやった黒幕が今も生きていることを知らされてから、彼女は大きく変わりました。
それが結果的に芸能界で躍進することに繋がっています。他人を利用してのし上がろうとする姿は危うさすらありましたが、結果的にはそれに対するしっぺ返しを喰らうことはなく、ドーム公演を果たすことに大きく役立ちました。
一方中堅編以降は有馬かながスキャンダルを起こしたことで、ストーリー上B小町の躍進を詳細に描くことが困難になりました。結果、以降のB小町の活動は全てダイジェストで描かれるようになったと思います。
さらにルビー単体で見てもダイジェストで描かれることが多かったように思います。特に問題に感じられたのは、映画編の顛末や最終話付近です。
映画編ついては、「カミキへの社会的制裁」だけでなく「死してなお【推しの子】の大黒柱であり続ける星野アイとは何者なのか」ということを探る目的もありました。星野アイを知ることはルビーの躍進には非常に重要な過程であるにも関わらず、アイのことが詳細に語られませんでした。
最終回付近については言うまでもありません。アクアの死によって絶望の淵に立たされた状況から如何にして立ち直ったのかは、詳細に描かれませんでした。
加えて、ルビーの躍進もB小町の躍進もダイジェストで省略してしまいました。本来であれば、有馬かなが脱退し、新メンバーを加えて再スタートを切る過程も、そこからドーム公演まで突き進む過程ももっと詳細に描くべきだったと思います。
有馬かな
本作【推しの子】において最も問題児と言うべき人物、有馬かな。彼女に関しては物語の序盤より、性格面に難があることが示されてきましたが、結局それが改善されることはありませんでした。
物語の序盤は、彼女の性格の粗さもチャームポイントとしてギリギリ許容できる範囲内ではありました。もちろん、アニメ7話における「リタイア発言」など度し難い発言があったことは間違いないですが。
そんな状況下で有馬かなはスキャンダルをやらかします。彼女の言動を看過できなくなり、今までの不満が一気に膨らんで爆発しただろうというのは想像に難くありません。
そこで、改めて彼女の言動を振り返った時に「有馬かなは成長していない」ということに気づかされるのです。
有馬かなの初登場は最序盤の第1章、子役時代の頃からです。その時は天才子役と持て囃されて天狗になり、他のスタッフと軋轢を生んでいました。
そんな言動が原因で少しずつ仕事を失っていき、世間ではオワコン扱いとなっていました。そうした彼女の凋落を踏まえ、世間で上手くやっていくにはコミュ力が重要と気づいていたはずです。
しかし漫画原作ドラマを撮影した後の彼女の言動は、とても過去を愚行を反省しているようには見えませんでした。先の「リタイア発言」もそうですが、他にも「漫画家の家に行ったことがある」とマウントを取ったり、あかねを攻撃するための材料を探すということもしています。
アニメではわざわざ事前に睨み合う描写を挿し込んでいたため、あかねにマウントを取る材料を獲得したのを機に攻撃するのを始めたと解釈できます。作者もアニメ開発スタッフもわざと有馬かなの性格を悪く描写している気がします。
加えて、有馬かなはアイドルであるにも関わらず、アクアのことを恋愛的な意味で好きであるという精神面での構造的な欠陥を抱えていました。そして、この欠陥に対する回答をスキャンダル編で完全に間違えたと個人的には考えます。
一人の乙女が恋に落ちること自体は何も間違っていません。しかし、曲がりなりにもファンからお金を頂いているプロのアイドルとして、ケジメのある行動を取らなければいけないでしょう。
原作151話にてかなはアクアを誘い、母校である陽東高校でキャッチボールをしていました。週刊記者が節操なく学校に侵入しパパラッチをする可能性や、在校生の目からあらぬ噂を流される可能性があるにも関わらず男女でキャッチボールするのは、反省が足りていないと言わざるを得ません。
しかもこの時のアクアは、上記のような危険性がありながらPTSDを起こさないという、余りにも都合が良すぎる反応をしています。この辺のアクかな描写について、批判が集まるのは当然と言えるでしょう。
そもそもアクアを巡るヒロインレースにおいて、ルビーやあかねと比べると、有馬かなの場合は積み重ねるエピソードに重さが無く軽薄なものでした。その軽薄さはスキャンダル編や終劇によせて編で無理矢理アクかなENDに話を持っていこうとしたときに批判として挙がっています。
アクアは、当初アイを殺した黒幕を知った当初は「絶対に殺してやる」と復讐の炎を燃え上がらせていました。しかし、物語が進むうちにアイの死をきっかけとしたPTSDを患っていることが発覚し、これが復讐に対する推進力という点で大きく関係してくるようになります。
この時点でアクアの復讐劇というのはアクア以外の他の人との人間関係、つまりラブコメにも密接に関わるようになっていきます。黒川あかねはこの流れに自然に入り込むことが出来ましたが、有馬かなはずっと蚊帳の外の状態でした。
アクアの復讐劇に絡めたのは原作146話のすしの子回くらいです。そのすしのこ回すら、後にアクアがルビーを放置したとして間接的に批判を喰らうようになっていました。
結局の所、ルビーやあかねは復讐劇に関連する一連の命のやり取りに参加していたのに対して、有馬かなは一貫して命のやり取りには参加出来ていません。結果、アクルビやアクあかと比較してアクかなのエピソードには重みが無く、軽薄なエピソードしか積み重ねられなかったと言えます。
このような状態にもかかわらず、スキャンダル編や終劇によせて編で無理やりアクかなENDに話を展開しようとしましたので、批判が殺到するのは当然といえます。そして結論を言えば、有馬かなにヒロインレースを走らせ続けたことは悪手だったと個人的に考えます。
ここまでの話を総合すると、有馬かなに関して作者はポジショニングをミスしたと言えます。中堅編の時点でアクかなはアクあかと比較して覆しようがないほど差が付けられていましたし、アクアにとっての帰るべき場所は、ルビーが前世バレを通して確固たる地位を確立してしまいました。
結果有馬かなは、メインキャラクターの割に安心して座れるポジション・役割が得られませんでした。もし有馬かなの立ち位置について原作の結末と違ったものが与えられていたらと思うと、非常に悔やまれる所です。
個人的に思う有馬かなの理想のポジションは、もしアクアの彼女でもアクアにとっての帰るべき場所でもなく、MEMと同じ業界内幕物の中心人物としてB小町に残留し続けるポジションです。
有馬かなはアクアと初めて出会う前から役者業に対して強い思い入れがありました。有馬かながアクアの演技を見て撮り直しを五反田監督に懇願したのは、役者に対して(アクアとは関係なく)プライドがあったからに他なりません。
有馬かなは、アクアのことを深い所まで理解せず、アクアに対してあらぬ幻想を抱いています。もし中堅編以降でアクアへの未練を断ち切れていたら、おそらくここまで有馬かなの評価が下がることも無かったでしょう。
そして、その有馬かなのキャラクターの集大成と言えるのが、最終回1話手前で展開された葬儀場での醜態の数々でした。この言動に対して、ほとんどの読者が「有馬かならしい行動」と評価が一致していたのが何よりの証拠かと思います。
そういう意味では、結果的に作者からの扱いが最も悪く、立ち回りを失敗したキャラクターと言えます。アニメ3期ではまだ中堅編以降が描かれていませんので、是非修正をして欲しい所です。
黒川あかね
初登場が3章の今ガチ編からと、メインキャラクターの中では登場が遅い方だった黒川あかね。しかし、アクアの深い深層に早い段階から入り込んだことで、ストーリー中でも非常に重要な人物に位置づけられました。
黒川あかねが同じ女優である有馬かなとは別に生み出された経緯としては、先述の通り恋愛が御法度であるアイドルになった女優・有馬かなを恋愛をメインとしたリアリティショーに参加させる訳にはいかなかったからだと個人的には考えます。
黒川あかねのキャラクターは、今ガチのストーリーを成り立たせるために非常にハイスペックなものにされました。作者によると今ガチのストーリーは他の章と比較しても反響が良かったとのことなので、キャラ設定は間違っていなかったと思います。
さらに、2.5次元舞台編でPTSDを起こし疲弊するアクアを(ビジネス上とはいえ)彼女として付き添うことが出来たことも、あかねがアクアの深い部分を知るきっかけとなりましたので、あかねにとって非常に幸運だったと言えるでしょう。
アクアの事情を知ることができたことで、あかねはアクアに寄り添う利他的な「ママみ」のあるキャラクターになりました。特に「ママみ」については、アクアが前世から喪失してまともに得ることが出来ず渇望していたものですから、最終的にあかねを選ぶことにも十分理由付けが可能でした。
ただ同時に、アクアを想うばかりに狂気的になる側面もありました。それによってカミキに特攻をかけるような暴走をしてしまい、結果として破局に繋がってしまいました。
ちなみに原作98話のナイフの描写については、解釈が分かれる所です。ナイフの描写単体で見ればカミキをあわよくば刺し殺しに行こうとしていたように見えますが、前話97話で問題解決後の幸せな日々を想像している点を踏まえると、本気でカミキを殺そうとしていたかは怪しいです。
この破局シーンをどう捉えるかは読者に依るかと思いますが、どう解釈したとしても後の展開にはプラスに働いていたと思います。それが原作116話の「アクアくんの企みは私が止める」発言ですね。
この発言には、アクアがあかねに危害が及ぶことも手を汚させる心配も無くしたかったことをあかね自身が察して、アクアに対しても手を汚させまいと立ち上がったことが行間として読み取れます。このままアクアを救えばよかったのですが、そこからは作者の都合が強く働いてしまいました。
あかねのことを過剰評価しているかもしれませんが、あかねは頭の良いキャラクターとして登場したからこそ、【推しの子】における諸問題を吹き飛ばす、少年漫画の主人公のようなムーブをかましてくれると期待していました。しかし実際はそうはならず、あかねは選択を間違え続けました。
結果として、アクアを自死へ向かわせてしまいましたから期待外れにも程があるという所です。個人的にははっきり言って作者が用意していた結末に向かって都合よくキャラ設定されていた印象です。
もしあかねが利他的になり過ぎず自我をもっと表に出していたら、このような結末に向かわなかったと思います。自己犠牲が過ぎるという点において、アクアとあかねは良く似ています。
とはいえ、あかねはアクアに最後ルビーを守るよう託すくらいには信頼されていました。またアクアがカミキに特攻する直前には、あかねに受けた恩を全て返して今度こそ対等な関係を築きたいという告白が為されていました。
そう考えると、アクアはあかねを都合の良い駒とは利用していた訳ではなく、プライベート編でのキスは気だったと読み取れます。ラスト3話のモノローグもツクヨミではなくあかねで展開されていましたし、最終結論としては作者に便利に扱われつつも好待遇の扱いだったと感じます。
星野アイ
星野アイは、第一章で亡くなったにもかかわらず、【推しの子】の物語で存在感は一番大きいものでした。【推しの子】の大黒柱と言って良いと思います。
さりなとゴローを引き合わせた存在であり、それによって【推しの子】の物語が始まりました。さりなとゴローがアイの子供に転生した後は、幼いながらも母としての責務を少なからず全うして亡くなりました。
彼女の死後は、黒幕を捜索すると同時に彼女の人となりを探ることもサスペンスにおいて重要な要素でした。アイを知ることによって黒幕が誰なのかを捜す手掛かりになるからです。
ではアイとはどんな人物なのかというと、「発達障害故に他人の心情を考慮せずに心無い言動をズケズケと言ってしまう女性」という人物でした。延いてはカミキが狂ってしまった原因も彼女であり、一連の事件の切っ掛けを作った戦犯とも言えるかと思います。
アイのキャラクターは小説「一番星のスピカ」の内容も含めて徹頭徹尾一貫していたと思います。原作153話・154話でのカミキへのノンデリカシーな発言も彼女らしいと個人的には考えます。
そういう意味では、有馬かなと同様にこの物語における問題児の一人に数えて良いと思います。究極のアイドルとして表舞台では天真爛漫に振る舞いますが、実態は性格に難ありという所でしょうか。
このような問題児ではありますが、アイは有馬かなと比較して読者からのヘイトが少ないです。何故かというと、アイが物語の第一章で退場し登場回数が少ないこと、その性格を活かしてアイドルとして大成したことがあるのかなと思います。
作者はアイのことを自分たちの手から離れた神聖な存在として捉えているとのこと。YOASOBIの曲「アイドル」のヒットもあり、まさに偶像として崇拝されるキャラクターになっているという所でしょうか。
MEMちょ
MEMちょは、黒川あかねと同様に第三章の「リアリティショー編」から登場したキャラクターです。作者曰くレギュラー化する予定は無かったとのことですが、後にB小町に加入し、メインキャラクターに昇格しています。
元々レギュラー化する予定がなかったためか、他のメインキャラクターに比べてストーリー内で活躍する機会が少なかった印象です。しかし、その分だけMEMちょにヘイトが溜まることは少なかったと思います。
また、MEMちょはB小町に加入する段階で精神が成熟したキャラクターでした。ルビーやかなと比べると、明らかに精神年齢が高かった印象です。
これはYouTuberとして大成しB小町に加入するまでの間に、既に彼女はかなりの苦労を重ねていたからでした。加えて年齢はB小町加入時点で25歳と、ルビーやかなと比べると一回りも二回りもお姉さんでした。
そんなMEMちょだからこそ、言動の各所で大人としての振る舞いが見られました。正直な所を言えば、【推しの子】のキャラクターの中でMEMちょが最推しという人は一番女性を見る目があると思います。
登場回数の多かったアクア・ルビー・かな・あかねを最推しにしてしまうと、登場を重ねる度にキャラの魅力が削られて精神が摩耗しますからね。結局最終的にアクアは亡くなり、ルビー・かな・あかねは全員精神が壊れてしまったので悲惨な結末となっています。
斉藤壱護
斉藤壱護は、手塩に掛けて育てた娘であるアイが道半ばで亡くなってしまったため、第一章終了後にミヤコと別れ、独自路線で黒幕を捜索していました。中堅編で再登場した時は何か主人公たちに有益な情報を持ち帰るかと思いましたが、そんなことは全くありませんでした。
それどころか、原作159話でニノとリョースケが交際関係であることを知りながら放置していたことが発覚する等、むしろ主人公勢に害悪と言える無能ぶりが明らかになりました。ニノ殺害の犯人がリョースケと分かった段階で、真っ先にニノを疑うことが出来たはずです。
他にも、映画編でアイの孤独を示唆した割にそれが作中で描かれないなど、サスペンスにおいて重要な内容を公開しないという描写不足ぶりを見せます。原作のラストはルビーがアイ2号となっていたので、完全にアイの時の反省が活かされない結末となってしまいました。
また葬式の場ではサングラスを取らずに参列するというマナー違反を犯しているのに対し、その直後のルビーのドーム公演ではサングラスを外すという矛盾した行動もしています。もはや作中でアクアやかなと肩を並べて不快なキャラクターになったと言えるでしょう。
斉藤ミヤコ
ミヤコは、港区女子時代に壱護から見せられた夢に惹かれて芸能界の裏方役に転じました。苺プロにマネージャーになったものの、所属アイドルのアイが双子を妊娠・出産するという(ある種の)暴挙に振り回されながらも、アイアクルビの保護者として活躍していました。
アイの死後はアクルビを里親として迎え入れ、壱護が放置した芸能事務所の運営をしながらアクルビを育てるということをしていました。作中一の苦労人であり、聖母ともいうべき存在であり、完結を迎えた後も特に読者からの評価が下がることはありませんでした。
とにかく周りがミヤコに迷惑をかけまくっています。壱護は芸能事務所を放り出して黒幕を捜した割には何の成果も出すことはなく、アクアは最終的に自死を選んでしまい、最終的にアイと同様にルビーも精神が壊れ、かなは問題行動を連発するという結果となってしまいました。
ミヤコの努力は100%報われることはなかったと判断されます。誰かミヤコをケアして欲しいくらいですね。
ぴえヨン
第二章と第四章のみ登場した年収1億の覆面筋トレ系YouTuberのぴえヨン。登場は僅かでしたが、インパクトは非常に強かったと言えます。
このキャラは端役で終わったため、特に読者から悪印象を受けていないと思います。登場回数が少ないために魅力が保たれたキャラの1人と言えるでしょう。
寿みなみ
寿みなみも登場回数が少なかったために魅力が保たれたキャラの1人です。Gカップ巨乳の持ち主とは最高ですね。
ファンが一定居るキャラです。もう物語が完結してくれましたので、心置きなく愛でると良いでしょう。
不知火フリル
不知火フリルは「かぐや様は告らせたい」でも登場した不知火ころもの妹で両作品を繋ぐキャラ設定がありました。物語前半は登場回数が少なかったのですが、映画編から出番が増えてきました。
基本的には面白いキャラクターとして完結まで駆け抜けたのですが、唯一アクアの葬式で髪を結んでいないというマナー違反が見られ、作者陣の常識の無さに巻き込まれた人物でもあります。基本的には特に悪い印象はないキャラクターと言えるでしょう。
鳴嶋メルト
メルトのファンは非常に多いと思われます。作中キャラで数少ない人間的な成長が見れるキャラクターでした。
初登場は第二章で、アクアとかなの物語だけでなく、メルトにもドラマがある展開がなされました。アクアとかなの姿を見て自身が舐めた態度をしていたことを悟り、その後一生懸命努力するようになりました。
その甲斐もあり、2.5次元舞台編では彼の成長が見れるような素晴らしい姿を見る事が出来ました。以後、映画編でもゴロー役で出演し、最後まで出番がありました。
上原大輝
アクアの復讐劇において、キャラ設定の面から中核を担った上原大輝。彼の活躍ぶりを考えると、比較的舞台装置感の強いキャラクターだったように思います。
しかし、作中内での扱いは最も悪く、父親が悪いと思っていたら実は母親の姫川愛梨の方が小児性愛者という事実を知らされ、それを映画にて盛大に暴露された後、数少ない血の繋がった人物であるアクアが若くして亡くなるという不遇ぶりでした。
最終話で両親の前で佇む彼の姿は決して報われたとは言い難く、完全にバッドエンドだったと言って良いでしょう。彼の報われなさ加減を考えても、原作の結末はおよそ納得できるものではありません。
今ガチメンバー(鷲見ゆき・熊野ノブユキ・森本ケンゴ)
第三章であかねやMEMちょと同時に初登場した3人。レギュラー化はしませんでしたが、第三章の物語を大いに盛り上げてくれました。
あかねが自殺未遂をしたこともあり、彼らを含め6人の結束力は非常に高かったと考えられます。それが分かるのが、アニメ2期にて助監督を務められた仁科くにやす氏のファンアートに表れていました。
3人には間違った所業をした星野愛久愛海を激しくイジってやって欲しいですね。とはいえ、このファンアートは原作159話の時のものであり、ここからアクアはさらに酷い所業をやらかすので、今となってはイジりたくてもイジれません。
吉祥寺頼子
「かぐや様は告らせたい」でも登場した「今日は甘口で」の作者、吉祥寺頼子。かぐや様の原作ではその名前が出ていますが、かぐや様のアニメでは「青坂アオ」に変更されています。
作者の分身のような側面が強いキャラクターですが、個人的には比較的上手くキャラクターに落とし込めていた気がします。登場回数も多く、アクアの葬式にも姿を見せていました。
鮫島アビ子
こちらも頼子と同様に作者の分身のような側面のあるキャラクターです。とはいえ、頼子と併せて違う考えを持つ二人を出した事で、上手くバランスを整えていたというのが個人的な印象です。
原作改変について一石を投じ、特にGOAには強く当たっていましたが、最終的には和解して好意を抱くほど関係が改善しました。GOAと結婚したかどうかは不明ですが、そうであって欲しいと思った魅力あるキャラクターでした。
GOA
第五章の「2.5次元舞台編」において、原作改変問題における脚本側の立場を担いました。GOAは東京ブレイドの大ファンであり、そのために原作者との間でのディスコミュニケーションに悩まされながらも、結局脚本から外されてしまうという同情しかないキャラクターでした。
最終的にはアビ子と和解し、仲良くなることが出来たのですが、第五章以外で彼の登場は無く、その後のことは分かりません。映画編にてアクアが脚本について相談を受けた頼子とアビ子が出演しましたが、彼が登場しなかったのは個人的に非常に残念です。
吉住シュン
第七章の「中堅編」にて初登場し、ネット番組におけるADの立場を務めた吉住シュン。ADの苦悩を担いつつ夏コミにおける炎上騒動の末に苺プロへ転職し、壱護が戻って来るまでの間、ルビーのマネージャーになりました。
ルビーのマネージャーとなったため、ルビーのアイドル街道のサポート役として活躍するかと思われました。しかし、肝心のルビーのアイドル描写がダイジェストだったため、苺プロに転職した割には活躍する機会が少なかった不遇なキャラという印象です。
もっとアイドル描写が為されていたらと思うと非常に悔やまれますね。作者のやる気の無さが許せないです。
吉住未実
吉住シュンの妹というキャラ設定は良いとして、個人Vtuberという設定は必要だったのか疑問になるキャラクター。Vtuberの実態を紹介するきっかけとなったのは結構ですが、結局中堅編しか登場しなかったので、そこが少し惜しい印象です。
島政則
第八章「スキャンダル編」でメインを務めた女遊びが活発な新人映画監督、島政則ことシマカン。倫理観の欠如が分かりやすく描写され、アザミマコの罠に嵌って週刊記者によるスキャンダルに発展させた張本人です。
彼は当初日本の映画業界について、役者が実力ではなく事務所のコネや内部政治などによって選ばれている現状を嘆いていましたが、一方で「有馬かなのことを知りたい」と自身が役者とコネを持とうとするような言動をしており、ダブルスタンダードなクソ野郎と言うのが個人的な印象です。
不倫は、法的には不貞配偶者(シマカン)と不倫相手(有馬かな)の両方に責任が問われます。したがって、当然シマカンも咎められるべきですが、ここはアクアの思惑によって公になることはありませんでした。
不倫が世間に明らかにならなかったことで彼が咎められる展開も無くなり、その後の展開を踏まえると、彼は漆原Dと同様に苺プロに取り込まれたと考えられています。ルビーは露悪的に描かれたのに対し、かなの場合は露悪的に描かれませんでした。
この漆原Dとシマカンとの処遇の差が、作者が有馬かなを贔屓していたことの一つの証明と言えるでしょう。この後映画編にて今までの積み重ねを無視して150話付近にて有馬かなとアクアをくっつけようとする訳ですから、それはアクかな派以外の読者から反感を喰らって当然と言えます。
天童寺まりな
第九章「映画編」にて広告代理店からやって来た人物として登場した天童寺さりなの母、まりな。彼女が初登場した当時、主人公勢と深く接触し大きく荒れるかと思われましたが、アクルビの前世バレをきっかけに結局目立った活躍もなくフェードアウトしました。
さりなが亡くなる際にも顔を出さなかった上、食事のシーンでも汚らしい食べ方をするなど、読者からの印象が良くありませんでした。しかし彼女単体の物語として見ると、さりなの死後息子・娘に恵まれ、かつ彼女なりに反省して生き、ハッピーエンドを迎えていたと見受けられます。
母アイも兄アクアも亡くして精神が壊れたルビーと比較すると、彼女は実に真っ当なハッピーエンドを迎えていました。もちろんさりながルビーに転生したことなど知る由もないため仕方ないとは思いますが、天童寺まりなの顛末を見るとルビーも報われることは出来なかったのかと思います。
ツクヨミ
第六章「プライベート編」にて、神様的な存在で初登場したツクヨミ。第六章で登場して以降、映画編で事あるごとにアクアに付き纏っていましたが、アクアに煽られる形で映画撮影に参加しました。
映画にて幼少期のアクアとルビーを演じ、以降は再び神様のような振る舞いをしていました。最後はアクアの死を看取り、そこで彼女の登場はお終いです。
ラスト3話のモノローグについて、ツクヨミではなくあかねにやらせたことに読者から異論の声が上がっています。個人的にも確かにその通りだと思います。
そもそもツクヨミは何者だったのかという疑問も投げかけられています。しかし、個人的にはツクヨミゴロさりが助けたカラスの転生体であり、それ以上でもそれ以下でもないと考えます。
ツクヨミは助けられたお礼にゴローとさりなをアイの子供として転生させ、彼らが生まれた後も手助けをしているという所かと。しかし、実際にツクヨミがしたことはおよそアクルビを幸せにしたとは言えず、むしろバッドエンドに導いた存在として読者からヘイトを買っています。
カミキヒカル
アイの夫にしてアイを殺害した黒幕とされたカミキヒカル。個人的な当初の想定ではカミキヒカルは生まれながらのサイコパスかと思いましたが、実際は姫川愛梨という芸能界の闇に犯された性被害者でした。
しかしカミキヒカルは性被害者だけに留まらず、金田一敏郎の何気ない一言で狂い始め、アイの心無い言葉によって完全に狂ってしまうという、同情の余地がある可哀想な男でした。もちろん最終的に何人もの人を死に追いやっているとのことなので、生きていたら然るべき裁きを受けるでしょう。
と、ここまでカミキヒカルのキャラクターについて肯定的に書いてきましたが、正直物語序盤から引っ張り続けてきた割には、ボスとしての格が弱い印象です。ほんの少しの促しで殺人に走ってしまうリョースケやニノの狂人ぶりから比べれば、カミキは幾分小物でしょう。
キャラ設定として「私はクズです」と言わせているだけにしか見えない。もちろんそんなリョースケやニノといったヤバい人物を探し出して来ることは凄いのですが、逆によくそんな人材を見つけて来れたと思います。
またアクアと対峙した時は、腹部を自ら刺したアクアに崖から簡単に突き落とされており、物語のラスボスとしては滅茶苦茶弱いです。(ツクヨミパワーで都合よく被害0という前提ですが)もう少し主人公勢を苦しめるような展開があっても良かったと思います。
そもそも都合良く海岸の崖の上に立っていたり、物証が全く出ていないのにアクアの追及に白を切ることなくあっさりと自身の悪行を認めてしまったりと、物語にガバがあり過ぎるという問題があります。そういう意味では作者都合で動かされたキャラクターと言えるでしょうね。
菅野良介
アイ殺害の実行犯である菅野良介。アイを刺突後にアイの言葉を聞いて罪悪感を感じ、それを理由に自殺をしたのかと思っていましたが、逃走後に彼女であるニノから追い打ちの言葉を掛けられていたようです。
物語最終盤で明かされた事実として、リョースケはニノの彼氏であることが判明し、ツッコミ所満載のキャラクターになってしまいました。このキャラも作者都合で支離滅裂の人物になった被害者の一人と言えるでしょう。
まず、ニノの彼氏だったということで、世の中の全男性と比較したら十分リア充だったこと。さらに、アイドルと交際できるリア充の癖にニノでは満足せず、アイに想いを寄せ、アイに彼氏や子供が居ると知った瞬間凶行に走るクレイジーぶりが極まった男でした。
さらにニノと交際関係だったことで、なぜ壱護はすぐにニノを怪しまなかったのか疑問に思う結果となってしまっています。結果、この事実を理由で壱護に「稀代の無能野郎」というレッテルが貼られることになりました。
原作者赤坂アカ先生が構築したサスペンスのガバガバさ加減の象徴のような人物、それがリョースケです。
新野冬子(ニノ)
リョースケと同様にカミキよりも圧倒的に狂人だったのがニノです。リョースケと共に崖から突き落としたゴローの遺体を祠まで移動させて遺棄し、片寄ゆら殺害の実行犯となり、有馬かなの卒業ライブ当日は星野宅に赴いてルビーを殺害しようとしていました。
ニノ自身が拗らせた原因について、カミキが何か関与したわけではなく、ニノ自ら拗らせただけというのが真相です。したがって、カミキはニノという格好の人材を見つけただけで、元からニノの頭がおかしいというのが一連の事件の真相となります。
ニノにしてもリョースケにしても、正直な所カミキが居なくても何かしら事件を起こしただろうというのは容易に想像できます。
壱護に取り押さえられた後は「アイと友達になりたかった」という旨を話していました。しかし、アイ自身はアイドルとして躍進していた時に友達を作ろうという考えがありませんでしたから、そんな願望を持っていたとしても呆気なく潰えていただろうと思います。
片寄ゆら
(これは個人的な見解になりますが)作者がカミキヒカルの素顔を登場させる際にインパクトを持たせたくてサクっと殺されてしまった可哀想なキャラ、それが片寄ゆらだと思います。CV長谷川育美という破格の声帯をお持ちの美女です。
片寄ゆら自身には特にツッコミ所は無いのですが、この片寄ゆらの死をアクアとあかねが把握していた描写があるというツッコミ所があります。どうやって片寄ゆらが亡くなったことを二人が知ったのかという事が作中では明かされていません。
アクアやあかね程度で片寄ゆらの死とカミキ関与が把握できるような事件の全容が何なのか?そしてその程度の殺人事件なのにどうして警察はある程度の所まで捜査されていないのか疑問が色々湧いてきます。
片寄ゆらも赤坂アカ先生のガバガバ脚本の犠牲者ということなのでしょう。
まとめ
ということで、【推しの子】のストーリーはどこからゴミ漫画化したのかという事をストーリー面とキャラクター面の両方から探ってきました。原作は凄惨な結果となってしまいましたので、アニメでオリジナル展開になることに期待です。
まずはスキャンダル編のカットあるいは大幅改変ですね。最低でも有馬かなを当事者に据える事から変更して欲しいです。
コメント
自分がこの作品を毎週追いかけていたときの記憶が呼び起こされて悲しくなり、ちょっと泣きました。
スキャンダル編以降は物語が破綻し続けているように感じていて、それでも最後まで読んでいって、最後に叩きつけられたのがあの結末です。
負の感情は膨らむ一方ですが、この記事のおかげでいくらか成仏させることができました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
記事を読むことによって、少しでも感情を消化して頂けたなら幸いです。
やはりスキャンダル編からストーリーが崩れていった印象ですね。
アニメはまだ修正が間に合いますので、改変を望んでいます。
中堅編も直して欲しい所いっぱいありますよ!
コスプレ企画はもっと盛って欲しかったしルビーとメイヤさんの和解シーンも欲しかった
特に口だけじゃなく尻まで軽い重曹は嫌われないくせに正義感から行動したメイヤさんが「口の軽い人嫌い!!」と言われるのがどうしても納得いかない
吉住兄妹の存在がすっかり忘れられるのもうんち
>ルビーとメイヤさんの和解シーンも欲しかった
それをやるとルビーの邪悪さが薄れてしまいますね。
>特に口だけじゃなく尻まで軽い重曹は嫌われないくせに正義感から行動したメイヤさんが「口の軽い人嫌い!!」と言われるのがどうしても納得いかない
メイヤの行動に正当性があるかは怪しいですが、確かにメイヤには嫌いと言わないのに重曹は嫌われないの不思議ですね。
>吉住兄妹の存在がすっかり忘れられるのもうんち
結局全然後の展開に活かされませんでしたね。